人の手を借りず、独立して物語る人形たち

人形作家の一実(いつみ)さんが作り出す人形は目が合うと見つめ返されているようでドキッとする。それは人形たちが持ち主や操者を必要とせず、独立してそれぞれの内面に物語を宿しているからだ。【宮城県仙台市(取材:2016.05)】

創作人形を始めたきっかけは

小学校で将来は何になりたいかみたいな授業があって、そのときに人形好きの母に、人形作家とかいいんじゃないのって言われたんです。

私は元々ものづくりが好きだったので、確かに人形作家になれば服も作る、小物も作る、色んなものを作るからいいかもしれないと思って、それで人形作家になりたいですって言葉に出してから、最初はなんとなく言っていたのが、言っているうちに実現しなければならないみたいな気持ちになったんだと思うんですよね。

制作を始めたのは高校に入ってからです。でも始めたころは本もなかったので、独学で試行錯誤。どの粘土を使ったらいいかすらわからなかったんです。

一実さんの作品は「固定ポーズ人形」とあえておっしゃっていますが、こだわりがあるのですか?

そうですね。球体間接人形も作ってはいるんですけど、なんかこうしっくりこないというか。考え方がちょっとちがうのかなと思っていて。球体間接人形って人形以上でも人形以下でもないと思うんですね。誰かが所有して可愛がってそのまま朽ちていく、とにかくその人だけのものというか。

他の人形もそうですけど、人形の背景に物語や世界観が見えてはいけなくて、それらは所有者が作り上げていくものなんだと思うんですけど、固定ポーズ人形は背景ありきというかテーマありきというか。そこから人形をキャラクターとして形作っていくので、その辺はやっぱり違うのかなと。

前に人形劇をやる方に私の作品の写真を見てもらったことがあるのですが、この人形は「入りすぎていて」使えないというようなことを言われたことがあります。一口に人形といっても色んなものがあって、難しいですよね。

一実さんは表情や所作などで人形に演じさせている、演出をつけているんだなという気がします。

人形劇であれば人形を作って演じるというところまで、一人二役をやっているというのはあるかもしれないですね。

顔の形ができるまでは作業に迷いがなく早いですよね。その後の表情作りに悩むのでしょうか?

そうそう、そうなんですよ。鼻と目と口をつくるとか、体の形をつくるとか、そこまではそんなに時間がかからないのですが、そこから動きや表情をいくらでも作り変えられるので、やっぱり悩みますね。

顔だけで何ヶ月も放置したままっていうこともあります。悩みに悩んで最終的に使わないとか。ほんとにちょっとしたところで悩むんです。唇をちょっと上げるか下げるかのところで、さてどっちの方がいいだろうみたいな。変なこだわりがあったりしますね。

製作過程で人形の内面にキャラクターが宿ったなと感じるのはどこですか?

頭と首をくっ付けたときでしょうか。頭と心臓がつながったというか。頭とか手とか足とか、それぞれを造形しているときはそれしか見ていないのでイメージが沸かないんですけど、頭と胴体がつながると、なんかこう、キャラクターとして立ったというか。

初期の作品は無垢で、それが段々と複雑な内面を持つキャラクターになってきているような気がしますが、一実さんの心境の変化はあるのでしょうか?

自分ではないって言い切ってはいるんですけど。作品ってその人が出るっていうじゃないですか。でも私はちょっとひねくれているので、自分の気持ちと間逆のものを作りたいっていうのがあるんですよ。

ご自身の内面は作品に投影されていないのですか?

なるべくはしない、というよりも制作期間が長いので、例えば明るい作品を作ろうと思ったときに一ヶ月間明るい感情を保てないというか。制作期間中、常に気持ちを合わせていかなければいけないので、ハッピーなものを作ろうと思っても、毎日ずっとその気持ちではいられないんですよね。

自分自身が作品についていけないんじゃないかなって思います。ただでさえ引きこもって作業しているし。

好きな人が自分の作品よりも他人の作品を好きになったら嫉妬してしまうとブログにお書きになっていて興味深く感じました。

結構前に書いたやつですよね。なんだか.、すごく恥ずかしいですね(笑)。自分の作品を好きだと言ってもらえるのってものすごくうれしいんですよ。特に人型を作っていると。人間って衰えていきますし、変わっていく。でも人形はよっぽどのことがない限り半永久的じゃないですか。 そういう絶対的な存在みたいなところがあって。それを、他の人が作ってる作品のほうが好きって言われるとちょっと嫉妬しちゃうというか、絶対私のほうがいいでしょってこう言いたくなるというか。

私はその、自分自身に自信がないので。他の人の方が綺麗だったり頭が良かったり仕事ができたりすれば、まあ仕方がないって思うんですけど、でも作品においては作っている中でいくらでも理想を追い求めることができる、できるはずなのにそれをなんかこう、できないとちょっと寂しいというか。

『銀河鉄道の夜』に登場するキャラクターの鳥捕りをお作りになっていますが、原作とだいぶイメージが違います。

宮沢賢治が原作で描いた鳥捕りはちょっと小太りでひげのある男性のキャラクターですが、私の作品では女の子です。

銀河鉄道の夜をどういう風に表現したらいいのか悩んでいたときが、ガザ地区の紛争がひどいころで、SNSでもそういう画像がバンバン流れてきた。それで社会問題について少し触れられるような作品というのも考えてみたいなと思ったんです。宮沢賢治が生きていたらどんな風に今の状況を捉えるかを想像して、私なりに鳥捕りというキャラクターを現代版として女の子に置き換えてみました。今ある問題をちょっと考えてもらえるような作品にしたいなと。

例えば今の日本には原発の問題があるので食べ物は汚染が心配だったり風評被害があったり、これからは鳥を捕って生計をたてるというのは難しいかもしれない。それから戦争が起きたらどうしようとか、そういう不安を少女の姿に落とし込みました。

表情は戦争の写真などを資料として集めて、それらの表情に寄せられればいいなと思って作っています。これは資料を一番見た作品かもしれないですね。他の人形はまったくゼロのところから作っていくことが多いんですけど。

制作を始めて10年目とのことですが、ここまで続けてこられたモチベーションは?

たぶんそれしかないと思い込んでいたんだと。途中でやめたりとかはなかったですね。とにかく10年間やってみようって自分で決めて、それでどうしてもだめであればそのときにやめようって思っていたので。やっぱり5年とかでできないって言うのも間違ってるのかなって。とにかくやってみないとわからないというか。

それに周りで応援してくださる方も少なからずいらっしゃったので。自分でもよく続けたと思います。