福島県いわき市の「アクアマリンふくしま」は、生き物だけでなく、生き物たちの生息環境を再現することに取り組む「環境水族館」のコンセプトを持つ水族館だ。
福島県沖の大陸棚から続く深海をテーマにした展示コーナー「ふくしまの海~大陸棚への道~」では、サンマやミズダコなど、食を通じて人とのつながりが深い生き物を中心に、その生息環境にいる様々な生き物を展示している。

「生き物たちの生きざまを見てほしい」

まるで海の中に潜って、目の前で生き物たちの物語を見ている。そんな臨場感がある「ふくしまの海~大陸棚への道~」。そこには、展示をつくる職員のみなさんの工夫があります。
実際に「ふくしまの海~大陸棚への道~」に関わる森 俊彰さんに、展示の試行錯誤をうかがいました。

◆生息環境を可能な限り再現

森——— アクアマリンふくしまは、海の生き物を展示することはもちろん、自然に近い状態で生き物たちの生息環境を再現するような展示を心がけている「環境水族館」です。海の生き物だけが主役ではなくて、植物や陸上動物も一緒に展示されています。また、福島県沖がちょうど親潮と黒潮がぶつかる潮目に位置するということで、「潮目の海」が当館の大きなテーマになっています。
 その中で、「ふくしまの海~大陸棚への道~」は、サンマやキアンコウ、ミズダコなど、食べられる生き物を生きた姿で見ていただきたいというコンセプトがベースにあります。

 また同コーナーにある小窓の水槽は、彼らが生きている海の多様性を見せるようなコンセプトになっています。普段食べている生き物が、こういう環境で生きているよ、というのを見てもらえればと思っています。

アクアマリンふくしま飼育展示部
展示第1グループ主任技師
森 俊彰[Toshiaki Mori]

◆最初は飼い方がわからないことも。生き物を展示する難しさ

 水族館って、いつも当たり前に魚がいると僕も飼育員として働く前は思っていたのですが、その状態を維持するのは簡単ではありません。
 まず、生き物ですからどんどん大きくなっていくんですよね。大きくなるとそれまでの水槽で飼えなくなってしまいます。生き物の数を維持するのにも苦労します。寿命が2年程度と短いサンマだと、近年資源量が減少していて採集も難しいので、水槽内で繁殖に取り組んで数を維持しなければいけません。
 それだけでなく、福島は原発事故の影響で、生き物を採集できる場所が限られています。当館では、漁師さんの船に同乗させていただいたり、飼育員が潜水したりと、できるだけ「自家採集」に努めていますが、福島では漁師さんが本格創業していなかったり、漁をやめてしまったりした方もいるので、生き物の採集には非常に苦労しています。

 展示するということは、餌を食べさせて長期的に飼育するということが最低限必要になってくるんですよね。当館では日本初、世界初という展示もあるのですが、初ということは飼育員は飼い方もわからない。情報がない中で先輩や漁師さん、いろいろな方の経験を聞きながら試行錯誤しています。

◆生き物の都合と展示の都合、その間で葛藤

 できるだけ自然の生息環境を再現したところで飼育してみて、飼育が成功したら、それをどうやって見せていくのかというのはすごく注意しますね。例えば、深海はほとんど光が届かないので、本来人間には見えない世界なのですが、来館者に見ていただくためには、生き物に負荷がかかっても照明を使わなくてはならないので、葛藤はあります。

 カンテンゲンゲの水槽は赤い照明を使っているのですが、なぜかというと、白い照明だと目がくらんで異常遊泳してしまうからなんです。それでもわずかに白い照明は使っているので、一度天井に当てて間接照明にしています。人間の目にはさほどわからないのですが、夜に白い照明を切ると、普段は水槽の底の方で泳いでいるカンテンゲンゲがばーっと上に上がってくるんですよね。人にとってはちょっとした光でも、そんなに影響があるんだなというのは感じます。そういうことはやってみないとわからない。常に発見ばかりです。

◆深海に潜っているような臨場感を演出する工夫

 ライティングは演出効果という意味でも結構気にしていて、あえて水面を波打たせて光のゆらぎを演出したり、見せたいところにスポットで照明を当てたりしています。生き物もそれぞれに好きな場所があって、スポット直下を好む個体もいれば、影を好む個体もいるので、そうした様子を観察しながら、いろいろと工夫しています。
 あと、全体にライトを当ててしまうと、水槽の奥行きが把握できてしまうというのもありますね。設備上の都合で広大な海を再現することはできないので、スポットを当てた後ろを真っ黒にすることで、水槽の実際の奥行きを感じさせないようにしています。

 水槽の中のレイアウトも工夫しています。生き物って物陰などに寄り添いたがるんですよね。広い水槽に入れると、全ての個体が端に行っちゃったりするので、岩や流木を配置して、生き物の居場所が単調にならないようにしています。
 また、ポンプの水流を岩にぶつけて、そこにできる流れにイソギンチャクのような刺胞動物をつけることもあります。あえてイソギンチャクがいるところにポンプをおいて、餌が流れていくように工夫することで、イソギンチャクが端っこに固まらないようにしています。

◆カンテンゲンゲ採集の奇跡

 どの生き物も思い入れはあって、全部語れちゃうんですけど(笑)、カンテンゲンゲは思い入れが深いですかね。ゲンゲというのはあまり聞いたことがない魚かと思うのですが、底曳き網で捕れる魚で、水揚げされる産地では汁物や干物になっています。深海の生き物は採集の際に水圧の変化があったり、肉質がすごく柔らかいので網の中で他の魚にもまれたりして、死んでしまうんです。それでも食べている生き物がどんな風に生きているかを見て欲しくて、展示に挑戦してきました。

そして、2021年6月に、「国立研究開発法人水産研究・教育機構」の「若鷹丸(わかたかまる)」に乗船させてもらったときに奇跡が起きたんです。
 採集したある深海魚が他の魚の卵を食べていました。採集後にその深海魚が水槽の中で卵を吐いて、その卵が生きていたんです。初めは種類がわからなかったのですが、 成長するとカンテンゲンゲだとわかり、展示することになりました。さらに、カンテンゲンゲの展示は、 日本で初めてだとわかりました。まさかこういった出会いで展示できるなんて思っていませんでした。たぶん一生分の運をそれで使ったと思います(笑)。

 生きているのと死んでいるのとでは、全然イメージが違うと思うんですよね。深海の生き物は、採集されることで、実際にこんな生き物がいるということはわかるんですけど、それがどうやって生きているのかはわからない。漁師さんも、実際に海の中で生きている姿は見ることができないので、想像と経験で漁をされていると思うんですけど、生きている姿を見ることができれば、それは想像を超えるわけじゃないですか。

◆生き物たちの「生きざま」を見てほしい

 生きているところを見ることができたら、こういう泳ぎ方をするんだ、とか、こういうふうにエサを食べるんだ、という感じでその生き物のイメージが変わってくると思うんですよね。そういう意味では、生き物の最終ゴールである繁殖を水槽の中で見ることができたら、飼育員冥利に尽きるんじゃないですかね。

 当館では、アオビクニンという深海魚が水槽の中で卵を産みました。その産む瞬間がどうしても見たくて、撮影に挑戦しました。照明などいろいろと工夫をして、ついにその瞬間を撮影できました。これを見たときにすごくテンションが上ったんですよね。すごくないですか(笑)?たぶん、深海で生きているアオビクニンを見ることは一生ないと思うのですが、そのアオビクニンが、地上2階の水槽で産卵してくれるのをビデオで撮影するという…。どうやって産卵したかというと、 オスが縄張りを作って、そこにメスを誘い、 身体をプルプルと振るわせて求愛をするんです。 そして、メスが産卵した後に、オスが精子をかけて卵が受精します。こういったことが、真っ暗な深い海の中で行われていること、そして、 深海という過酷な環境にありながら、 オスが縄張りをつくるということ、どうやってメスはその場に来ることができるのか、謎は深まりますが、そのようなことを考えるだけでワクワクが止まりません。この感動をみなさんに伝えたいというのはすごくありますね。

 それぞれの生き物の生きざまを見ていただきたいというのはあります。餌を食べるというシンプルな生理現象から、最終的には繁殖で子孫を残す、さらに、卵から赤ちゃんがふ化するという、全部のライフサイクルを見ていただける展示ができればと思っています。

《アクアマリンふくしま》

【所在地】
〒971-8101 福島県いわき市小名浜字辰巳町50
【休館日】
年中無休
【開館時間】
3 月21 日~ 11 月30 日 9:00 ~ 17:30(入館締切16:30)
12 月1 日~ 3 月20 日 9:00 ~ 17:00(入館締切16:00)
【入館料】
一般:大人1,850 円 小~高校生900 円
団体 < 20 名以上>:大人1,550 円 小~高校生750 円
年間パスポート:4,250 円 小~高校生2,100 円
未就学児:無料
【駐車場】
無料(GW や夏季は大変混雑。駐車場の混雑状況は同館の公式Twitter で案内)

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